2015年07月

群馬の山、イラサワ山(1468m、奥多摩湖)

群馬県の中で未踏となっているのは、奥多摩湖(矢木沢ダム)と群馬新潟県境のに囲まれた山域だ。ネット上の記録はそのほとんどが残雪期のもので幕営が必須となる。そこでどうにか日帰りでピークを踏めないものと2年前から思いを巡らしていた。その中で思いついたのが、ダム湖をボートで渡り、バックウォーターから沢を詰め登頂するものだ。当初は手漕ぎボートや免許の要らない低出力ボートも考え、ゴムボートや軽量ボートで試したが、とても奥利根湖を安全に航行できるものではなかった。そこで行きついたのが、地元の民宿やぐらが送迎サービスする高速ボートのチャーターだった。前日夜9時、同行するHさんの車に同乗しみなかみ町に向かった。23時過ぎに民宿やぐらに入り、酒を流し込み眠りにつく。朝5時40分に宿を出て、6時のゲート開門を待つ。

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いよいよ矢木沢ダムから高速ボートで幽ノ沢口を目指す。僅か10分でバックウォーターとなる。6時40分、幽ノ沢入渓。緩やかな流れなので滝などは皆無で、左右に渡渉を繰り返しながら、2km弱を行くと左側からゴミ沢との出合いとなる。この出合いの直前に小さな枝沢(結果的にこの枝沢を下ることになった)があり、それを乗り越えるようにゴミ沢に入った。ゴミ沢に入ると途端に傾斜が増し渓相は一変し、流木や落石の間を登るようになる。ほぼ1000mで雪渓が現れる。雪渓と反対側の右岸に枝沢が合流していた。地形図を見るとこの枝沢の左岸稜線が山頂への最短である。勾配はきついが薮漕ぎの距離もその分短くなるとこの枝沢に入った。益々渓相は厳しくなりスラブの連続となり、3,4mのフェイスはどうにか直登した。しかし7m位のフェイスで行き詰った。最初は左岸を高巻くが蜂の襲来で撤退。最終的には右岸の雪渓を乗り越えてザレ場を攀じ登った。一番の誤算はフェルトソールの渓流シューズのまま藪山となったので、土と草のザレた急斜面ではグリップ出来ず難儀した。やっとのことで稜線に出たが、戻りでは下れないと覚悟した。しかし明瞭な稜線ではなく、左右に藪を避けながら登り続けた。斜面に沿って倒れたアスナロが主体で、シャクナゲ、ネマガリダケ等、とにかくジャングルのような混合藪だ。等高線の間隔の狭い高度差500mを藪を掻き分け4時間を費やし山頂尾根に出た。あとは薄いネマガリダケの藪をほぼ水平移動すると、午前11時40分、念願のイラサワ山のピークとなった。S.K氏の2015.5.2と書かれた赤テープだけが唯一の人工物で、残念ながらすかいさん製の山名板は確認できなかった。写真左上は幽ノ沢、中央上は7mフェイスでスタンス取れず下の滝下から右岸を高巻く、右上は土の草だけのザレ場、左下は稜線の灌木藪、中央下は南側に見える奥利根湖、右下は山頂唯一の赤テープ

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P7200067P7200075150720イラサワ山
この時点で想定した11時を大幅に過ぎているので、10分の滞在で山頂を後にした。山頂尾根から登り来たポイントがつかめず、稜線への進入で右往左往しかなりの時間と体力のロス有り。GPS軌跡の往路を追うが斜面に沿う薮に邪魔されて真っ直ぐ下へ落ちるような下りとなった。そこで方針を変更しそのまま斜面を下り、隣の沢に降りることにした。しかし沢まで来るとまだ1150mの高度があり、スノーブリッジの雪渓となっていた。とても沢に降り立っても下れる状況にはなく、高巻くようにトラバースした。どうにか1050mまで下げると、雪渓は消え、意を決して沢に降りた。5m前後のフェースをスタンスを選びながら慎重に下り、スラブでは滑り台状態となりホールで全身びしょ濡れとなりながらも幽ノ沢にどうにか復帰した。あとは残った体力を振り絞り急ぎ足で入渓地点まで戻った。予定から一時間遅れの16時5分のことだった。9時間半に及ぶ思い出深い山旅となった。迎えの高速ボートで矢木沢ダムに着くとほどなく遠雷と小粒の雨となり、瞬く間に辺りは時間100mmの豪雨となった。
写真左上は先の見えない混合藪、中央上は下降を諦めたスノーブリッジ、右上は下り来た沢、写真左下は幽ノ沢口を後にする、中央下は奥利根本流と小穂口山

神奈川の山、雨乞岳(546m、秦野)

P7020047P7020054150702雨乞岳
大倉尾根登山口からスタートした。閉じている観音茶屋をしばらく行くと、2又分岐となる。大観望500mの案内表示に従い左へ行くと、尾根筋の分岐となる。ここを軽く下り、登り返すと鉄塔となりその先が雨乞岳山頂だった。木立の中で展望もなく表示もなかった。写真左は登りだして直ぐの大倉登山道、右は何もない雨乞岳山頂

神奈川の山、堀山(943m、大山)、花立ノ頭(1370m、大山)、大丸(1386m、大山)、小丸(1341m、大山)、鍋割山(1272m、大山)、栗木ノ洞(908m、大山)、櫟山(810m、秦野)

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表丹沢県民の森駐車場から上秦野林道のゲートを抜けて歩くと、尾関廣氏の記念碑となる。地形図を見ると堀山に続く南西尾根筋がここから始まっていた。ルート的には最短であり、躊躇なく取り付いた。ほとんどがスギ林で藪も無く、一部急勾配はあるが何ら問題なく大倉尾根となり、直ぐに堀山となった。写真左は取り付いた南西尾根、中央はいきなり現れた尾根上の高速道、右は堀山

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ここからはまるで高速道のような登山道が続いていた。勾配が少しきつくなると木道・木段となっていた。それでも花立山荘の手前は岩の転がる急登となった。この辺りから雨脚が強くなり傘をさしての山行となった。花立ノ頭も好展望地なのだろうが雲の中である。ほどなく塔ノ岳との分岐となり、西へ分けると大丸、小丸のピークとなる。いずれもはっきりしたピークではなく通過点のようなポイントだ。写真左は花立ノ頭、中央は大丸、右は小丸だがいずれも通過点

P7020036IMG_6232150702鍋割山周回
土砂降りとなってきたが大した登りもなく鍋割山となった。そうとなれば山荘での鍋焼きうどんとなるが、あいにく入り口は閉ざされていた。それでも雨宿りするには十分なスペースである。その直後である、大量の荷物を背負った山小屋の主が登ってきた。あのーや、やきうどん、、、まだやってねぇーーよ。どくらいで、、、、30分もすればできるよ。それじゃーお願いします、、、そこに名前書いて待ってなぁ。冷え切ったカラダに鍋焼きうどん、格別です!! 

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約一時間の長休みで次へ向かった。雨のせいもあるだろうが、ここの長い下りは他に比べると荒れている。二股への分岐鞍部を直進するとほぼ平坦な尾根歩きとなる。最後に急登を上がると栗木ノ洞となり、さらに南下すると櫟山となった。あとは駐車場に向けて九十九の整備された登山道を下るだけだった。案の定、ヤマビルが数匹ズボンに纏わりついていたが実害はなかった。写真左は栗木ノ洞手前の急登、中央は栗木ノ洞、右は櫟山


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