2012年06月

群馬の山、唐沢山、赤沢山、堂平山

四郎岳に続いて丸沼周辺で残っている唐沢山と赤沢山、さらに戸倉の堂平山に登ってきた。


唐沢山(1787m、丸沼)へは南側の尾根筋から取り付くことにした。スノーシェードを抜けたところに黄色い落石注意の看板があり、その後方に急勾配を上がる踏み跡がある。余りに勾配がきついので少しばかり西に行くと、やや勾配の緩い植林地となり取り付いた。ほどなく尾根筋に乗るが勾配は半端なくきつい。休み休みの登りとなり、1582Pまでの標高差400mに約1時間を要した。ここからは尾根筋の植生が一変し、ネマガリタケの薮が少しばかり続き、ほどなくアスナロの枝がうるさくなってくる。それでも尾根筋には獣道(人も僅かだが踏んでるであろう)が続いているのでそれを追うように登った。笹薮の山頂にはKUMO氏とフジオカTK氏の山名板が下がっていた。一部南側の視界があり、日光白根山に通じる丸沼高原が一望できた。下りは往路をピストンしたが、それにしてもきつい登りだった。往復:2時間36分。写真左は尾根筋のアスナロ薮、中央は笹薮の山頂


赤沢山(1540m、丸沼)へは鉄塔巡視路を使う最短コースがあるらしいが、何処が取りつきか分からず、地形図にある北側の破線を追うこととし林道を進んだ。ところがその取り付きを見過ごしてしまい、200m位先の新しい林道への分岐まで来てしまった。地形図で見るとこの林道は1555Pの尾根筋に向かうように思えたので、この林道から登ることにした。まだ新しい林道でいくつかの分岐があるが、尾根筋に向かいそうな分岐を選びながら行くと1260地点で終点となった。少しばかり急斜面を上がると1555Pからの尾根筋となり、膝丈程度のクマササ薮の中に続く獣道を使いながら登った。左からの尾根と合流すると途端に勾配は緩み、突然開けた視界の先に鉄塔が現れた。鉄塔には58の看板が下がり、その先に巡視路が続いていた。当初はこのまま1555Pまで尾根筋を登るつもりだったが、先を見ると赤沢山のピーク近くに次の鉄塔が見えるので巡視路を行くことにした。流石に巡視路は軽快で、あっという間に次の59号鉄塔から再び尾根筋を上がった。次第に笹薮は丈を増し、高いところでは胸丈ほどにもなったが密度は薄いので大したことは無い。登りついた山頂には三角点と馴染みの山名板が2枚下がっていた。ここまで1時間15分。下りはどうしても破線の登山道が気になり辿ることにした。北西方向に下ると境界標と赤ペンキのマーキングが続き、160号鉄塔(どうして一桁増えてるのかな?)となる。そのまま巡視路を行くと林道となり最短ルートとなるらしいが、地形図の破線を追って巡視路を59号鉄塔の方に向かった。ほどなく破線の位置と一致する道型となるが既に薮化し荒廃が進んでいた。下るほどに踏み跡はしっかりしてくるが、ほどなく沢沿いとなった登山道は腰丈を越えるイバラ道となった。シダや棘の生えた低灌木が生い茂る鬱蒼とした谷間の登山道である。下るほどに沢筋は太くなり何ヶ所かで渡渉を繰り返し、やっとのことで林道に降り立った。確かに距離的には短いかもしれないが、破線ルートはとてもお勧めできないと感じた。2時間2分で周回した。写真左は取り付いた林道起点、中央は山頂


堂平山(1310m、至仏山)へは南東尾根筋が一番緩やかそうに見えたが、取り付いたのは最短距離と思われた北東尾根だった。理由は近くまで行くと踏み跡らしきものがあったのと、南西尾根からでは50m近く余計に登ることになるからだ。案の定、きつい登りとなった。終始急勾配が続き、距離からすれば30分もあれば登れるだろうと安易に考えていたが、50分間喘ぎ続けてやっとのこと山頂となった。雑木林に囲まれた山頂からの視界はほとんどなく、馴染みの2枚の山名板が下がっているだけだった。1時間11分で往復。写真左は取り付き地点、中央は堂平山山頂

群馬の山、燕巣山、四郎岳

今日は午後一で仕事が入っているので、午前中で戻れる比較的近場の山として燕巣山と四郎岳に登ってきた。この二つの山は真ん中で折り返すとほぼ重なり合うような形でランドマーク的である。特に印象的なのは日光白根山からの眺めで、二山の中央に燧ケ岳が顔を覗かせるのである。


燕巣山(2222m、三平峠)は栃木100名山の一つで2008年7月に一度登っている。今回は同ルートなので4年前の自分と比べられると、ちょっとばかり力んでスタートした。二度目なので迷うことは無いが、相変わらず沢沿いの登りは荒れていて、倒木が増えているように思える。この時期なので下草が濡れているがスパ長なのですこぶる快適で渡渉も気にならない。結局、四郎峠には3分短縮の58分で着いた。ここからの半端ない勾配が頭に焼き付いていたが、今回も同様にきつい登りとなった。結果、この間は3分オーバーの58分だった。トータルでは同タイムであり、どうにか体力は維持できているのかな? 山頂からの展望はガスがかかりほとんどない。写真左は登山道の倒木、中央は山頂、右は四郎岳への登りの途中から見た燕巣山


四郎岳(2156m、三平峠)はぐんま百名山であるのも、この二山の面白い関係であるが、さて登りはどっちがきついのだろうか。眺める度にいつもそんなことを思っていたが、今日は自分の脚で結論を出そう。そんな思いで四郎峠から登り返すと、緩やかな尾根筋歩きもほんの少しで、登り一辺倒の急勾配が始まった。途中にはロープの下がる箇所もある。だんだん足が重くなり、休憩の間隔が縮まってくる。四郎峠から42分でやっとのこと山頂となる。一部が伐採されガスが晴れた南側に素晴らしい展望が広がっていた。結論としてはどちらも同程度にきつかった。全行程:4時間24分。写真左は四郎岳山頂、中央は南側の展望

群馬の山、丸山、水行寺山、赤倉山

先週登り残した3つの山に行って来た。


丸山(1344m、皇海山)へは平川沿いに三重泉国有林内を東西に貫く三重林道が北側に延びている。何処まで行けるだろうかと疑心暗鬼でクルマを走らせると、ほぼ中程でゲートが出現し希望は泡と消えた。ゲートを跨ぎ歩き出すと、ほどなく林道は崩落の連続となる。バイクならどうにか行けるかなと思ったりもしたが、それも直ぐに無理だと分かる。歩き始めて1時間20分、3つ目の隧道を抜けると丸山の北尾根筋の突端となる。隧道から50m位行くと青テープがあり、下り出すが半端ない急傾斜でやっとのことで沢へ降り立った。今日もスパ長なので難なく渡渉したのはいいが、適当な取り付き地点が見つからず目の前の急斜面に踏み込んだ。最近は熊と遭遇したらそれなりに抵抗でもしようとピッケルを持ち歩いている。このピッケルをが役立ちアックスのように地面に打ち込みこれを支点として攀じ登った。やっとのことで尾根筋に乗ったが急勾配は途切れることなく続いている。シャクナゲ藪は所々で顔を出すが左程気になることはない。取り付いてから1時間5分、青息吐息で登り着いた山頂には2つの山名板が下がっていた。立ち木の中で展望はほとんどなく皇海山だけをどうにか確認出来た。下りの際に気付いたのだが、取り付き地点は少し下流の建物の基礎跡と思われる石積みの裏に踏み跡が在りそちらの方が正解のようだ。渡渉後は崖を攀じ登り、林道に復帰してダラダラ歩いてクルマに戻った。全行程:4時間33分。写真左は林道の途中から見えた丸山で見える稜線がほぼ登山ルート、中央は山頂


水行寺山(1327m、皇海山)は地形図で見ると林道に続き、破線が山頂近くまで伸びている。平川を渡り山麓に広がる畑の中をどんどん上がっていくと細い林道の分岐がある。これを行くと広い畑となり、その横を抜けると酷い草薮となった。かろうじて道型は残っていたので、4WDに切り替え突入すると20m位で林道が現れ、送電鉄塔の横を道なりに右に曲がると突然舗装道に出た。なんと右を見ると鉄柵があるではないか!? あとは快適な舗装道(林道鬼岩線)をどんどん上がると山頂南尾根上となった。ところがここには地元の人と営林署関係の人だろうか、6,7台の車両が停まり何やら話し込んでいる。そこへ突然現れた部外者に怪訝そうな視線が向けられる。できるだけ平静を装い、「この山に登りたいのですけどクルマをここに置いて良いですか」と話しかけると、そこへ突っ込んでと、渋々の返事、、、足早に尾根筋に踏み込んだ。ほどほどの勾配を上がると直ぐに山頂となり、三角点標柱と山名板の付けられた木が朽ち果て倒れていた。往復10分。どうも自分の下山を待っていたらしく、ゲートの管理があるから先に下りてくれと言う。いちいち説明するのも面倒なので一緒に車列を組み鉄柵を通過した。写真左は林道分岐手前から見た水行寺山、中央は山頂で山名板が付いた木は朽ち果てる寸前


赤倉山(1257m、追貝)へは赤倉林道を使うが、間違いなく通行可能な片品側から進入した。この山の東側は広範囲に伐採され、新たにスギの植林されている。この伐採地から取り付くこととし、林道の駐車余地にクルマを停め作業道跡に入った。尾根筋近くまで作業道を辿り、少しばかり伐採地を登ると尾根筋となる。薄いが踏み跡もあり、稜線伝いに進むと山頂から北へ伸びる尾根筋となる。ここからは小さなアップダウンで南下すると三角点と山名板の下がる山頂となった。高点は明らかにこの一つ南側のピークなので行ってみたが表示物は何もなかった。往復57分。このあとクルマのバッテリートラブルでJAFに出動要請w 写真左は伐採地と作業道、中央は赤倉山山頂

群馬の山、鉱石山、浅松山、田代山、後山、雨乞山

武尊山南麓に位置する5つの山に登ってきた。


鉱石山(1205m、追貝)はぐんま百名山の一座と言うことで山ラン有効ポイントに加えられた。このピークの北東部にはもう一座、山名事典やウオッちずにも掲載されていない朝倉山(木賊山)があり併せて登ってきた。県道263から林道に入ると2km位で登山口となる。登山道は廃林道で谷間をほぼ真っ直ぐに続き、急傾斜地になると南側の尾根筋を回り込むように向かっていた。ほどなく登山道は古いトロッコ軌道(その昔ガーネットが産出したらしい)となり、いよいよピークとは反対方向となったため尾根筋目指してショートカットを決め込んだ。その後は尾根筋の登山道を緩やかに登るとトイレが並び、その奥に鉱石山のピークがあった。雑木に囲まれ視界はほとんどない。登山口より42分。折角ここまで来たので隣の朝倉山まで足を伸ばすことにした。笹尾根の踏み跡を15分ほど登ると朝倉山となるが、こちらの方がよっぽど山らしいw 1時間39分で往復。写真左は古いトロッコ軌道、中央は鉱石山山頂


浅松山(1291m、追貝)を地形図で見ると県道64号から伸びる林道が山頂北側を抜けて東に向かっている。ナビと地形図を見比べながらこの林道に取り付いた。轍はあるのでクルマは通っているようだが、落石、路肩の崩落、倒木とかなりの悪路だったが、どうにか浅松山の北側まで進入出来た。まず林道を歩き、薮の斜面に取り付き東側の鞍部から腰丈ほどのクマササを掻き分けると浅松山山頂となった。大きな木製標柱が建っていたが展望はほとんどない。クルマから8分。写真左は歩き出した林道、中央は浅松山山頂


田代山(1351m、追貝)は浅松山の南東に位置するピークで、地形図を見ると北側の尾根筋まで破線が続いている。そこで破線を追うと古い林道か防火帯の名残のような形状が続いていたが、薮化が進行しており躊躇せず林道へ下りた。林道は廃道化してるが歩きやすかったが、なんとここで大量の熊の糞と遭遇し緊張感を増す。地形図上で林道が西方向へ大きくクランクする位置まで来ると、そのまま直進する林道が分岐していた。更に廃道化してるが道型はしばらく続き、薄いが踏み跡もある。笹薮を避けカラマツ林の中を歩くとほどなく地形図の破線と合流した。向きを南に変えたいところだが北側の尾根筋を目指して東へ向かう我慢の歩きが続く。次第にクマササは背丈を増し腰丈ほどになるとようやく山頂に続く北尾根となった。ここからは一気に方向を南に向ける。大した登りではないが尾根筋は広く何処を歩いても笹薮は醜く、所々では背丈ほどもある。やっとのことで登りついた田代山は深い薮の中で展望はない。2枚の山名板だけが山頂を教えてくれた。浅松山から1時間12分。53分でクルマに戻る。写真左は道型の残る笹薮、中央は真新しい熊の糞、右は笹薮の中の田代山山頂


後山(633m、後閑)へは道の駅・川場田園プラザ近くから虚空蔵への案内に従って車道を進むと後山古道の案内標柱となる。車道が続いているがここから歩くことにした。小さなピークを一つ越え、尾根筋を離れ北側に巻くように登ると切通しとなり、その先が山頂だった。往復20分。写真左は稜線上に続く車道、中央は切通し上の山頂


雨乞山(1068m、追貝)へは雨乞山散策道を辿った。山頂近くまで林道が続き、正に散策と言った感じの山行となった。登りついた山頂には大きな石祠と東屋があり、南側は切り開かれ好展望地となっていた。往復50分。写真左は散策道の入口、中央は山頂の石祠

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