2012年05月

群馬の山、残馬山、岳山、椀名条山

今日は午後から仕事が立て込んでいるので、比較的近くの山で未踏の山を探したら沢入に3つあった。残馬山と岳山は地形図には未記載だが、山名事典には載っているので山ランの対象となる。


残馬山(1107m、沢入)は桐生市とみどり市の市境にあり、一般的な登山ルートは三境林道側、座間峠側、寄日峠側の3つがある。今回は岳山も併せて登ることを考え最短と思われる三境林道側から登ることにした。地形図を見ると三境トンネルに沿う形で南側に破線が入っているが、等高線が狭くかなりの勾配だ。取り付きもはっきりしないので、「急がば回れ」と三境山へ一旦向かい、稜線に乗ってから南下することとした。4時26分、三境山登山口を入る。谷間の荒れ地を行くと急斜面の九十九となり15分で稜線に出た。ここからは緩やかなアップダウン尾根歩きとなり、小さな岩稜を左右に巻いたり乗越えたりしながら次第に高度を上げた。所々では盛りを過ぎたツツジが踏み跡を花びらで散らしていたが、稜線のサイドは植林地や雑木林で眺めは無い。少しばかり勾配を増すと残馬山山頂となった。三等三角点と山名板が下がっていたが、雑木に囲まれて視界は無い。登山口から59分。写真左は所々に点在する岩稜、中央は残馬山山頂


岳山(1070m、沢入)へは一旦北東方向へ急勾配を下り、次第に西から南西、さらに南へと尾根筋を反時計回りに辿ることになる。いくつかの小ピークでは枝尾根を派生しており、ルーファンに気遣いながら軽いアップダウンをこなして行く。勾配的には最後の登りが少しきついだけだった。登り付いた岳山からの視界は無く、このルート上で唯一それらしき眺めのあったのは残馬山からの下りの一ヶ所で、赤城山系が見ることができただけだった。残馬山から54分。下山は往路を辿り、3時間50分でピストンした。写真左は残馬山の下りから見えた赤城山、中央は尾根筋のツツジ、右は岳山山頂


椀名条山(1052m、沢入)は黒坂石バンガロー村の向かいにある神社サイドに登山口があった。案内板の文字は消えているが小さな文字で椀名条山と書かれていた。登山道は勾配がきつく木段がしばらく続いていたが、その木段は途中から右手に分岐していた。多分バンガロー村の付帯設備であるこの奥にあるフィールドアスレチックとの間の周遊路なのだろう。踏み跡は木段と離れ、尾根筋にしっかりと続いていて、しばし急登を行くと左手からの枝尾根と合流し主稜線となる。ここからもしばらく急な上りは続き、884Pを過ぎると少しばかり勾配は緩む。それでもアップダウンを繰り返しながら高度を上げ、方向を南西に向けるとほどなく山頂となった。三等三角点と3枚の山名板が下がっていたが、雑木にか組まれ視界は無い。下りは往路を戻り、1時間44分でピストンした。写真左は登山口、中央は椀名条山山頂

群馬の山、六軒山、笠ヶ岳、峰山、三ヶ峰、沼上山

烏ヶ森の住人さんの日光連山ひとり山歩き香沢林道から沼上山~三ケ峰~笠ケ岳を見た昨年から、この山行の計画を練りだしていた。烏ヶ森の住人さんは2年前の2010年5月22日に実行しているので、ほぼ同様の条件で歩けると考え今日の決行とした。少なくとも14~15時間はかかるので早出が必須となり、この山域が初めてであることとヘッ電での歩きやすさを考慮し、烏ヶ森の住人さんとは逆回りの香沢林道から周回することにした。例によって前日の内に登山口となる香沢林道ゲート口近くの空き店舗脇の余地にクルマを停め、1時30分に目覚ましをセットして横になった。


六軒山(1723m、丸沼)へはネットでは全てが香沢林道からのものであった。2時11分、ゲートを抜け香沢林道に入る。真新しい舗装に白いガードレールが続き、これが林道?と戸惑いながら行くとそれも香沢ダムで終わり、その先は見慣れた林道となった。新月に近く僅かな星明かりだけの夜で、ヘッ電だけの明かりでは心細く、熊鈴2つとラジオのボリュームを上げ騒がしく歩いた。林道分岐を過ぎると三ヶ峰橋と香沢大橋が繋がるように現れ、ほどなく新しそうな落石が林道を塞いでいた。クルマはここまでか。次の深山橋先では崩落により道を付け替えているようで、崩落部上部より小石がカラカラと落ちる音が聞こえ急ぎ足で通過した。地形図上の二股分岐を左に分けると一旦下りとなるが、直ぐに真っ直ぐな傷んだ上りとなる。最後に右手に折り返すように行くと稜線となり林道の法面を攀じ登るとそこが笹薮の六軒山ピークだった。三角点峰だが腰丈以上の密薮で探索は早々に諦め、すかいさんの山名板を確認し、お決まりの無線の儀式を約束通りNXB局と交わし先を急いだ。ゲートから3時間2分。写真左は山頂手前の林道でこの先を右に行くと山頂、中央は笹薮の山頂部


笠ヶ岳(2246m、丸沼)へGPSを合わせると直線で2.5km、標高差にして約500mある。地形図を見る限り、尾根筋は通りルーファンは問題ないようだが薮の状態が気になり4時間を想定した。手始めに六軒山から稜線に乗り林道の切り通しまで歩いてみたが、踏み跡が続き薮は無く快適だ。切り通しからは1824Pが急な登りになるので、烏ヶ森の住人さんが記載されている地図にない林道を行き、1824P先の鞍部に最短距離で直登した。尾根筋に出ると薄い踏み跡があったが、主体は鹿道であろう。アスナロ薮と倒木帯が不連続で続き、次第にコメツガの幼木との混合薮となってくる。尾根筋を極端に外さぬ範囲で薮を避けるように登った。1950まで来ると残雪が見えるようになり、2000で一旦勾配が緩むが混合薮は相変わらず続いていた。2070で最初のガレ場となり、日光白根山側の好展望と引き替えに50m余りの区間の東側はザレた斜面となっていた。この時ばかりは尾根筋の灌木薮を頼りに通過した。この先はアスナロに入れ替わるようにシャクナゲが増えだしコメツガ・シラビソとの混合薮となり、それを所々で残雪が覆っている。ところがこの時期の残雪は辛うじて残っているというだけで、踏み抜きが多く体力を消耗するばかりで少しも有難くない。2100の地点まで来ると何本ものワイヤーが絡みつく枯れた大木が仁王立ちしし、まるで「兵どもの夢の跡・記念碑」のようであった。その先も灌木藪がしばらくあり、2150を越した辺りから最後の急勾配となるが、次第に灌木薮は低い笹となり残雪たっぷりの山頂となった。すかいさんの山名板の下がる立木は雪の重みで枝が引っ張られて、幹がピークに向かって大きく傾いていた。余り展望は立ち木のため良くないが、東には錫ヶ岳、日光白根山が間近に見えた。六軒山から3時間5分。写真左は林道の切り通し部分で右手に見えるのが地図ない林道分岐部、中央は尾根筋を塞ぐ倒木と灌木藪、右は笠ヶ岳山頂ですかいさんの山名板の下がる立木が大きく傾いている


三ヶ峰(2032m、丸沼)へは南側の2205Pまで南進し、そこから進路を西方向に換える。2205Pまでは残雪が結構残っているが相変わらず踏み抜きが多い。それでも下り勾配なのでそれほど苦にもならず鞍部まで行くと、枯木と倒木だらけの平坦地となりほどなく2205Pとなった。ここで進路を西にとると、途端にシラビソ・シャクナゲの灌木藪となり南側はガレ場の急斜面が2077Pを過ぎるまで断続的に続いていた。こんなとき頼りになるのはシカ道で、ガレ場や密薮帯を外し稜線上と北側斜面を交互に行き来していた。それにしても灌木藪は醜く、下り勾配なので多少の薮は体重で押しのけることができたが、登りではそうも行くまいと感じた。2000を切ると緩やかな笹尾根がしばらく続き鞍部となる。ここからは笹原の登り返しとなるが、稜線南側には一筋の雪庇の名残が続いていた。中程まではこの残雪を登ったが、勾配が増す三ヶ峰東峰の直下では胸丈ほどの笹の密薮となった。残雪を繋ぎ、なるべく薮漕ぎを最小限に抑えるがペースは落ちる一方である。それでも北側に広がる至仏山~燧ケ岳にかけての展望は格別なもので疲れを癒してくれる。東峰とピークとの鞍部まで差し掛かったところで時計を確認すると、想定時間内だったので峰山へのピストンを先行することにした。そのピストン後に踏んだ三ヶ峰山頂は笹薮で、立木には群大WVとすかいさん、それと丸い文字の消えたプレートが下がっていた。笠ヶ岳から3時間31分。写真左は2205先の狭い尾根筋と南に落ち込むガレ場、中央は上りの笹原に続く雪庇の名残、右は笹薮の三ヶ峰山頂


峰山(1987m、丸沼)は時間的に余裕があればピストンするつもりでいたが、幸いにも想定時間内で三ヶ峰ピーク近くまで来たので少しでも時間を短縮するために先行することにした。広い尾根筋を鞍部めがけて下りだすと笹原に残雪が島の様に点在していた。さらに尾根筋には薄い踏み跡が断続的にあるが、やっぱりシカ等のものでそのほとんどが笹の低い西側に付いていた。鞍部近くまで来ると防火帯であろうか、尾根筋にほどほどの幅の窪みが続き圧雪された残雪が一本道のように続いていた。軽快に残雪帯を行くと、低い丈の笹原の登りとなり幾分勾配を増すと峰山山頂となった。ここにも下がるすかいさんの山名板でピークを確認し足早に往路を戻った。三ヶ峰と東峰の鞍部から74分でピストン。写真左は三ヶ峰東峰手前から見た至仏山~燧ケ岳、中央は峰山への鞍部付近の残雪帯、右は笹に覆われた峰山山頂


沼上山(1541m、丸沼)は三ヶ峰から北西尾根を500mばかり下げたところにある三角点峰である。なので簡単に考えていたが、下り始めで直ぐに足が止まった。山頂の乗る尾根筋と下る尾根筋は地形図には現れていないが別の尾根筋で、それに戸惑いGPSとニラメッコしながら尾根筋を乗り換えやっと下山開始となった。次の誤算は傾斜が緩やかな分、尾根筋が広く腰丈を越える笹薮が密生していたことだ。もう少し踏み跡やテープ類があるものだと思っていたが、断続的にあるシカ道らしき踏み跡のみでテープ類は不規則で当てにならず薮漕ぎが続いた。それでも1622Pを過ぎた辺りからは笹丈も低くなり、防火帯と思われる広い尾根筋を下るとスキー場のリフト施設が見えてきた。最後は20m位を登り返し沼上山となったが、残念ながら表示物は無く、枝に縛られたピンクテープだけだった。ピークより少し下がった北側に三角点標石を確認し山頂をあとにした。三ヶ峰から1時間16分。写真左は下りの中間点近くの猛烈な笹薮、中央は沼上山山頂、右は地図にない林道へ直行する急な枝尾根

下山ルートは烏ヶ森の住人さんが登った尾根筋を下り、地図にない林道を経て香沢林道からゲートへ戻った。沼上山からゲートまで1時間13分。下山時間は15時48分で、計13時間37分の山行だった。

群馬の山、白尾山、皿伏山、荷鞍山、中原山

もう少し残雪の山歩きを楽しむために、片品戸倉から早朝の富士見下に向かった。夜明け間もない4時30分に登山口に入った。


白尾山(2003m、三平峠)へは富士見下から長い林道を辿り富士見峠から尾根筋に乗る。林道は除雪の真っ只中で、富士見小屋の手前1km位まで進んでいた。ほぼ1時間40分で富士見小屋となったが、一階部分はまだ雪に埋もれていた。ここからは富士見峠方向に進むと緩やかな尾根筋となる。うっすらと続く林道の道型を追うように歩くと、ほどなく電波塔となる。ここで歩みを北東方向に変え、さらに緩やかな尾根筋を行くと広い山頂となった。山名表示は見当たらず最高点にピッケルを立てピークとする。富士見下から2時間40分。写真左は一階部分が雪に埋もれた富士見小屋、中央はピーク手前の広い尾根筋、右は山頂


皿伏山(1917m、三平峠)へは白尾山からの尾根筋を北へ辿ることになる。最初の下りが少々急だったが、その後はなだらかで軽快に進んだ。ただ尾根筋が広いので方向が定めにくい。セン沢田代からは登りとなり、適当に急斜面を上がると広い山頂となった。ピークには案内標柱のみで、樹林帯の中で視界は無かった。白尾山から2時間37分でピストン。写真左は白尾山から見た燧ケ岳でその手前の丸いピークが皿伏山、中央は皿伏山山頂


荷鞍山(2024m、三平峠)は白尾山の南東から南へ派生する尾根筋のピークである。尾根筋ははっきりしているのでルーファンは問題ない。鞍部からの登り返しでは所々に刈り払われた夏道が顔を覗かせていたが、残雪の急登を攀じ登った。山頂は南西方向の視界が開け、中原山越しに至仏山を望むことができる。どう見ても同一者の作と思われる山名板が二つ並んで下がっていた。白尾山の分岐から68分でピストン。写真左は白尾山分岐手前から見た荷鞍山、中央は最後の登りの刈り払われた夏道、右は2枚並んだ山名板


中原山(1969m、至仏山)へは富士見小屋にザックをデポし急ぎ足で往復することにした。アヤメ平まで来ると木道が半分以上顔を出し、湿原越しに燧ケ岳や至仏山、2週前に登り来た景鶴山~白沢山の県境尾根が見えてくる。今日辿った白尾山~荷鞍山の山並も眼前に広がっていた。このピークも広く表示物を探したが見つからず、早々に下山した。富士見小屋から40分でピストン。写真左は中原山への尾根筋、中央は中原山山頂から見えた至仏山、右はアヤメ平越しに見た燧ケ岳

富士見小屋からは除雪作業中の林道を急ぎ足で下り、計10時間の山行を締めくくった。あとは白根温泉で汗を流し、山菜蕎麦で腹ごしらえまでして、飛ばしに飛ばし5時の仕事にギリギリ滑りこんだ。

群馬の山、与作岳、景鶴山、旧カッパ山、大白沢岳、白沢山、ススヶ峰、岳ヶ倉山

今年のGWは雨ばっかりで残雪の山歩きはこの一回だけとなった。この時期は尾瀬戸倉から鳩待峠まで日中(6:00-18:00)に限りクルマで行くことができる。天気予報をチェックすると4日の片品村は晴れマークに変わり急追、3日18時過ぎに尾瀬戸倉に向かった。21時、ゲート前に一番乗りし明朝の開門を待ち車中泊を決め込んだ。4日5時、目覚めると尾瀬戸倉は快晴だ。喜び勇んで6時開門と共に鳩待峠に向かうと次第に様相は変化する。鳩待峠は小雨となっていたが好転するだろうと6時半、尾瀬ヶ原に向かった。しかし雨足は増し、1時間で撤退しクルマに戻った。9時を回ると雨は上がり青空も見えだしたので再スタートす。


与作岳(1933m、尾瀬ヶ原)、景鶴山などの群馬・新潟県境の山は尾瀬国立公園の中にあり、尾瀬側からは雪があるこの時期だけしか行くことが出来ない。鳩待峠を出て尾瀬ヶ原の南側の入口・山の鼻から神宮、ヨッピ橋、東電小屋と所々顔を出している木道を拾いながら雪原を行く。山の鼻を過ぎた辺りから再び雨となり、一時見えていた至仏山なども雲の中に沈んでしまった。東電小屋辺りではいよいよ本降りとなり雨具を着込む。東電小屋の裏手にトレースを見つけ、これを追うように斜面に取り付いた。ツェルトと雨具、着替えの防寒下着類、行動食と極力装備を抑え、これに水3.5Lをプラスしただけで背中は軽い。足元はいつもの通りオールマイティーのスパ長だ。1537P、1653Pと小ピークを越えて行くと、下山する6人パーティーと出合った。景鶴山山頂まで残り5m程の雪稜が危険と判断してピークを踏まず下山したとのことだった。急登を終えると進路は西へと向きを変え傾斜は緩くなり、ほどなく与作岳山頂となった。ピークは広く立木に下がるすかいさん製の山名板でそれと分かった。鳩待峠から4時間20分。写真左は竜宮からヨッピ橋方面を見たところ、中央は東電小屋の裏手からの取り付き、右は与作岳山頂


景鶴山(2004m、尾瀬ヶ原)へは広い尾根筋を緩やかに下げ、上ヨサク沢とケイズル沢の間の尾根筋と合わさると山頂直下となる。ここで先行者のトレースとケイズル沢方向からのトレースが合流していた。ハイトスさんが登ったルートで景鶴山には最短のようだったが、今回は与作岳もあるので県境を辿った。ここからは細尾根の雪稜となるが、先行者のトレースを追うように上がった。大きな岩を左に巻き上げるとほどなく先行者のトレースはここで消えていた。確かにピークまで僅か5m程であるが岩に巻きつくように出来た雪稜はやせ細り、岩との間は空洞になっていた。行けないことは無いが下手すれば奈落の底である。北側へ回り込むことにした。灌木帯の中で雪付きは悪く、踏み抜きを繰り返しながらやっとのことで反対側の尾根筋に乗り山頂を踏んだ。山頂の立ち木にはアイゼンの片割れだけが下がり、見慣れた黄色い山名板は根元に転がっていたので元に戻した。与作岳から1時間10分。写真は与作岳からの下り、中央は景鶴山への雪稜、右は景鶴山山頂


旧カッパ山(1892m、尾瀬ヶ原)は現在のカッパ山(1822m)の旧所在地である。景鶴山ピークの西側の山頂尾根筋にはほとんど雪は無く薮漕ぎとなった。やっとのことで下りにさしかかると今度は半端ない急傾斜である。シャクナゲ、スズタケと手当たり次第に掴めるものを手掛かりに滑り落ちるように下ると広い雪原に降り立った。当初は県境尾根筋を少し行き、カッパ山から八海山と周回するつもりだったが、まだまだ体力的に余裕があったので白沢山まで足を伸ばすこととし登り返した。この時点で16時を過ぎていたので夜通し歩き続ける覚悟をした。県境尾根筋は広く大した起伏もないので楽に歩けたが、相変わらずガスが立ちこめていたのでとにかく尾根を外さないように慎重に歩いた。お椀を付した様な広いピークに付くとGPSは旧カッパ山山頂を示していたが表示物は皆無である。広い山頂にアオモリトドマツが何本か顔を覗かせていた。景鶴山から1時間45分。写真左は景鶴山西側の密薮、中央は旧カッパ山への稜線、右は旧カッパ山山頂


大白沢山(1942m、尾瀬ヶ原)へ向かうのに尾根筋を取り違えてしまった。先を急ぐあまり次のポイントをGPSにセットしないままに歩きだしたらこの失態である。直ぐに気付いたため難なく県境尾根筋に復帰することが出来た。この先も尾根筋は広く稜線を外さぬように歩くと広い山頂となった。ここも広くあっちこっち目をやるとアオモリトドマツの高い位置に下がる山名板を見つけた。隣の木の幹には4枚の山名板が、雪面より低いところに並んで付けられていた。この位置からすると無雪期のものだが、こんなに並ぶほど薮を漕いで訪れているのだろうか? 後からまとめて取り付けられたものと想像してみたw 旧カッパ山から45分。写真左は大白沢山への稜線、中央は大白沢山山頂、右は雪の下に並ぶ4枚の山名板


白沢山(1953m、尾瀬ヶ原)への最難関はいきなり訪れた。大白沢山から西への下りは、地形図を見るとゲジゲジマークが入っているのである程度想定はしていた。ちょっとした岩場ではあるがよくよく見ると踏み跡があり慎重に下り再び雪原となった。ススヶ峰までの分岐は軽い登り勾配でその先は長い下りとなる。東側に雪庇が波打つように形成されており、ヘッ電の明かりを頼りに慎重に歩いた。登り返すのが嫌になるほどの長い下りを行くと鞍部となり緩やかな登りとなる。19時を過ぎてくると気温は急激に下がり出し雨はみぞれ混じりとなり、風も吹きだし時には斜めから吹き付けるようになった。それでも足取りは軽く、難なく白沢山に辿りついた。ここも山名表示を探したが見つけられず、GPSの示すポイントを山頂とした。大白沢山から1時間55分。写真左は大白沢山からの急な下り、中央は雪が舞い始めた県境尾根筋、右は白沢山山頂に立てたピッケル



ススヶ峰(1953m、尾瀬ヶ原)へはヘッ電に照らし出された自分のトレースを丹念に追い続けた。ススヶ峰への分岐から少しばかり登ると70m余りを下げ鞍部となる。ここからの登り返しはかなりの勾配が続いたがひたすら登り続けた。そしてその頂には中央分水嶺・ススヶ峰と書かれた山名板が下がっていた。白沢山から2時間20分。写真はススヶ峰山頂


岳ヶ倉山(1816m、尾瀬ヶ原)へはススヶ峰からの長い下りの後に緩やかに上げるだけなので左程きついところは無かった。ただ夜半となり、みぞれは完全な雪へと変わってきた。折角登り上げたピークではあるが山名板探しも程々に下山を開始した。ススヶ峰から1時間10分。写真左は岳ヶ倉岳山頂に立てたピッケル

あとは尾瀬ヶ原に向けて下るだけなのにここで大きなポカをした。何を勘違いしたか1727Pから反対側の尾根に下りてしまったのである。24時過ぎからのこの1時間はきつい時間だったが心が萎えることは無かった。ルートに復帰してからは左俣に向けて尾根筋を下ったが谷間からは雪解け水の轟音が聞こえている。ぎりぎりまで尾根筋で粘り、最後は激流をスノーブリッジで越え猫又川となった。ここからは猫又川に沿って歩き、山ノ鼻から鳩待峠に戻った時には夜は明けていた。行動時間:18時間45分。

還暦オヤジ
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