2011年12月

群馬の山、高戸谷山、茶臼山、御殿山、石尊山、湯殿山、御岳山、浅間山、天神山

今年最後の山行は次男坊と一緒に安中市と高崎市の市境近くの山に出掛けてきた。


高戸谷山(739m、三ノ倉)へは県道33号から小根山林道を行くと橋の手前で分岐となり右に入った。すると直ぐにチェーン―ゲートとなり手前の余地にクルマを停めた。チェーンを跨ぎ林道をのんびり歩くと右手に折れる場所となり、良く見ると高みに石碑がある。林道は少し荒れだしてきたがクルマが十分走れそうな状況で稜線に向かっていた。分岐を右にとり少し下げると稜線上の作業道となる。なんとこの作業道は稜線上に続き気がつくと山頂となっていた。三角点標石と御嶽神社の石塔が建っていた。下山は同じ林道を辿るのも芸は無く、山頂西側のピークからの尾根筋を下った。登り55分、下り40分。写真左は林道ゲート、中央は山頂


茶臼山(596m、三ノ倉)へは南側を東西に走る県道を行くと丁度ピークの真南に茶臼山登山口の案内板を見つけた。車道余地にクルマを置き橋を渡ると尾根筋に上がる踏み跡があった。笹薮に取り付くとスギの植林地の急登となりほどなく尾根筋となった。勾配は少し緩むが落ち葉で歩き難い登りが続き、石祠を過ぎると最後の急勾配となった。途中明らかに人の手の入った平坦なところを通過し最後にひと上りすると山頂となった。山頂には平坦地で山名表示とともに秋間史跡保存会の建てた案内板があった。案内板にはこの地にかつて山城があっことが記されていた。往復45分。写真左は登山口、中央は尾根筋の石祠、右は山頂


御殿山(400m、三ノ倉)は長野新幹線の安中榛名駅の北東に位置する山で元助遺跡(赤穂四十七士石像)が山腹の石窟にある。この遺跡の後方から稜線上に上がりひと登りすると山頂となった。雑木に囲まれた山頂には2枚の山名板が下がっていた。下山は周回するように遊歩道に下りた。25分で周回。写真左は登山口、中央は元助遺跡、右は山頂


石尊山(571m、三ノ倉)は安中市と高崎市の市境にあり、取り付き口は稜線上の風戸峠からとした。法面のブロックを上がると直ぐに稜線上の踏み跡となる。緩やかなアップダウンを行き、やや勾配を増すと祠が沢山並ぶ山頂となった。南側が切り開かれ安中の市街地が眼下に広がっていた。往復25分。写真左は取り付き口、中央は山頂の石祠、右は山頂ベンチでくつろぐ次男坊


湯殿山(370m、三ノ倉)へは国道406号湯殿山トンネルの旧道を入り、尾根筋から薮中の踏み跡に入った。途中廃林道を越えると軽い登り勾配となって小さなピークに登り付いた。小さな標柱が2つと山名板が下がっていた。往復20分。写真左は取り付き地点、中央は山頂

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御岳山(400m、下室田)へは北東側のシイタケ栽培地の余地にクルマを停め歩きだした。シイタケのホダ木が並ぶ中を過ぎるとスギ山となり急勾配を上がると車道となった。なんとクルマで来れるみたいだw 直ぐに東屋となりひと登りすると石塔の並ぶ山頂となった。小里公園の一角が山頂のようだ。往復20分。写真左は取り付いたシイタケ栽培地、右は山頂

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浅間山(352m、下室田)の山頂には浅間神社があり直下まで車道が伸びていた。駐車場から鳥居を抜けると120段近くの石段が続き山頂の社となった。社の傍らにはすかいさんの山名板が下がっていた。往復10分。写真左は鳥居と石段、右は山頂の社

PC300071PC300075111230御岳山・浅間山・天神山
天神山(318m、下室田)はパラグライダーの離陸場となっており車道が山頂まで伸びている。梨畑の間の細い道路を上がると車道は倒木で塞がれていた。倒木の前でクルマを下り車道行くと直ぐに参道入口の案内標柱がある。参道といってもほとんど薮化した急登でかなり歩きづらい。ほどなく登り付いた山頂には東屋と石塔があり山名板が下がっていた。往復15分。写真は取り付いた参道、中央は山頂

群馬の山、水ノ登山、東篭ノ登山、西篭ノ登山

車坂峠を起点に群馬・長野県境の3山を縦走し、戻りに高峯山(長野県小諸市)に足を伸ばしてきた。


水ノ登山(2202m、嬬恋田代)へは車坂峠に隣接するスキー場(アサマ2000)を通り抜けることになる。冬期中は閉鎖となる湯ノ丸高峰林道がゲレンデを横切っているので、営業の邪魔にならないように6時半に歩きだした。降雪機のあるゲレンデは十分な積雪だが、他は10cm程度の積雪でつぼ足で問題ない。ただ気温が低く、時折強い風が吹き付けて来るのでかなりの寒さだ。汗をかくと体が冷えるので極力ゆっくり歩くようにした。幸い高峰温泉からの県境尾根は勾配は緩やかなのできつくはないが、ゴーロの部分が長く歩き難い。また天候もすっきりせず終始ガスに覆われて50m程度の視界しかない。というわけで気がつくと目の前に水ノ登山の山名標柱が立っていた。車坂峠から1時間23分。写真左は下山時に撮ったクルマと登り来た水ノ登山~東篭ノ登山、中央は水ノ登山へのガレた登山道、右は山頂


東篭ノ登山(2227m、車坂峠)はぐんま百名山の一つである。水ノ登山からは稜線北側を60m近く下げ、鞍部から登り返すことになるのだが勾配的にはさほどきつくなかった。ただ中途半端な積雪量なので、凍結した石の表面や雪に足を取られることが多かった。さらに稜線上となると強烈な風が吹き付け、登り付いた東篭ノ登山では立っていることもままならず早々に次に向かった。水ノ登山から52分。写真左は水ノ登山の先から見えた東篭ノ登山~西篭ノ登山、中央は雪に埋もれた登山道、右は突風が吹きつけていた山頂


西篭ノ登山(2212m、嬬恋田代)は東篭ノ登山から目と鼻の先にあるピークで、石がゴロゴロ転がる稜線上を5,60m登り返せば山頂となる。岩稜のピークからはガスの切れ間に地蔵峠越しに湯ノ丸山がうっすらと見えた。東篭ノ登山から32分。写真左は東篭ノ登山から見た西篭ノ登山、右は山頂


高峯山(2106m、車坂峠)は高峰温泉の南側にある長野県側のピークである。西篭ノ登山から東篭ノ登山へ戻り、池ノ平近くから林道を辿り、高峰温泉から登山道に取り付き高峯山目指すことにした。コース的には踏み跡がしっかりあるので迷うところもなく、平坦な山頂稜線の南の肩となる山頂に着いた。岩稜の上に小さな社のあるピークで、浅間山方向や小諸市内に開けているようだったが生憎の天候で十分な展望は得られなかった。西篭ノ登山から2時間30分。写真左は高峯山へ向かう途中から見た水ノ登山~東篭ノ登山、中央は高峯山山頂

下山はゲレンデの山際を車坂峠に向かって降りた。高峯山から35分。6時間25分で周回。

群馬の山、角落山、剣の峰、雨坊主、大峯

今は合併し高崎市となっている旧倉渕村の4山に登ってきた。夜明け前に登山口へと高速道を急ぐも、北関東道に入ると強烈な睡魔に襲われる。というわけで出水原PAで寝入ってしまい、角落山の登山口に着いた時は既に8時半を回っていた。


角落山(1393m、浅間隠山)はぐんま百名山の一つで赤沢川に沿って伸びる林道を行くと登山口(女坂)となった。ちなみに林道は荒れている上に雪道でオフロード車でないと無理だろう。林道終点には登山口の案内板があり、堰堤を越えると沢のゴーロ歩きとなるが黄色のペンキマークやテープが下がり迷うことはない。ルートは剣の峰の北東斜面を巻きコルへ向かうが、気の抜けないトラバース路が続いた。コルへ出るとやっと日向となり日差しが暖かいが、稜線へ出た分風は強くかえって寒い。「←角落山0.4km、0.5km剣の峰→」の案内標柱に従い角落山へ向かう。緩やかな稜線歩きで始まるが、直ぐに急登となり少しばかりの岩稜を上がると西の肩となる。再び緩い尾根を少し行き急勾配を一登りすると山頂だった。小さな社と山名標柱の建つ山頂からの眺めは抜群で、特に北に広がる浅間隠山~浅間山は見事だった。コルまで31分、コルから角落山往復41分。写真左は両峰のコル、中央は山頂の社、右は東に見える浅間山


剣の峰(1430m、軽井沢)へはコルへ戻り、いきなりの急勾配を登ることになった。地形図上のゲジゲジマークを南側に巻き上げるように登るのだが、雪と落ち葉で滑りやすく気を使う登りとなった。数ヶ所のクサリ場やロープの下がる急勾配を登り切ると石塔の建つ東峰となる。広い尾根筋を少しばかり下げ、登り返すと剣の峰山頂となった。三角点標柱と下半分が掛けた山名標柱が建っていた。霧積温泉側から登られた単独者と遭遇しコルまで一緒に下り、角落山へ向かう登山者と別れ下山した。コルから剣の峰往復52分、コルから登山口まで17分。写真左はコルから直ぐのクサリ場、中央は山頂で後方は浅間隠山


雨坊主(1295m、浅間隠山)の東側まで伸びる林道が大峯の北側を抜けている。地形図を見ると営林署専用道路(三沢林道大日蔭支線)となっているのでバイクを用意したが、何のことはない林道終点まで入り込めた。終点には送電鉄塔が建ち、鉄塔巡視路の起点となっていた。緩やかな尾根筋を行くと主稜線へ続くカラマツ林の急登となる。ここを一気に駆け上り少しばかり尾根筋を行くと雨坊主山頂となった。石祠といくつかの山名板が下がっていたが、それらには雨ん坊主と記されていた。往復41分。写真左は登山口となる林道終点、中央はカラマツ林、右は山頂


大峯(983m、浅間隠山)は林道を戻りながら適当な取り付き地点を探すと、西側に大日蔭沢に架かる堰堤を見つけた。地形図を見ると堰堤の先の斜面が少し急勾配だが、尾根筋に上がれば等高線の間隔は広い。決まれば早い、堰堤を越え急斜面に取り付いた。50m程を灌木を手掛かりに上がればあとは緩やかな稜線が続いた。山頂には石祠と何枚かの山名板が下がっていた。往復28分。写真左は取り付いた堰堤、中央は山頂の石祠と後方の雨坊主

群馬の山、笹塒山、竜ヶ倉、岩淵山、高倉山

今日は浅間隠山近くの4山に登ってきた。まず最初の笹塒山、竜ヶ倉の登山道入り口となる県道53号滑川林道ゲート前のチェーン脱着場に着いたのは24時を過ぎていた。運良くその時間はふたご座流星群のピーク時間となっていて、天頂近くの北の空から降り落ちる流れ星を窓越しに眺めながら横になった。標高750m近くあると冷え込みは半端でなく、6時半に起き出すとクルマの窓は霜で真っ白になっていた。


笹塒山(1402m、浅間隠山)は浅間隠山の東側にあり、その尾根筋には竜ヶ倉がある。ということでこの両峰は滑川林道を使い登ることにした。滑川林道の起点にあるゲートは開いておりバイクで林道を進んだ。ところが二つ目の分岐で林道は崩落しバイクでも進めず歩きだした。分岐の崩落箇所から先に大した傷みもない林道を行くと、1068Pのある尾根筋の少し南側で乗越えとなり枝尾根に取り付いた。尾根筋の踏み跡を行くと次第に勾配は増し、左からの尾根筋と合わさる急傾斜地では九十九折りとなり踏み跡は続いていた。あとは南西尾根筋を丹念に辿り山頂となった。山頂にはいくつかのテープが下がるだけで山名表示は見当たらなかった。次に行く竜ヶ倉が近くに見えるので、縦走も頭をよぎったが稜線上にある大岩が難関であることとバイクの回収を考えピストンした。(日本山名事典によれば1402Pの位置が笹塒山ピークであり登頂としたが、西470m地点に石祠や山名板の下がるピークがあるらしい) 林道分岐から1時間14分、戻りは52分。写真左は林道分岐の崩落、中央は1402P


竜ヶ倉(1411m、浅間隠山)へはヒカリゴケ洞穴への登り口にバイクをデポし歩きだした。しばらくは沢沿いに進み、二ヶ所で渡渉し尾根筋を乗越え行くと25分でヒカリゴケ洞穴となる。鉄柵の中の洞窟は落ち葉で塞がれ、隙間は30cm程度しかなく中を覗き見るすべもなかった。この先の踏み跡は谷間を離れ尾根筋へ上がっていくが、次第に勾配を増し大きな九十九折りとなる。ここで下山中のパーティーと出合い30分近く立ち話をした。栃木百名山のうち大佐飛山と黒岩山がネックらしく経験から情報提供をさせてもらった。この後は遅れを取り戻すべく一気に登り上げ、稜線上から冠雪した笹尾根を上がり雑木の中の山頂となった。石祠とその傍らに木製の山名板が横たわっていた。戻りは九十九折りを真っ直ぐ下りるなど急ぎ足で下った。登り1時間45分(途中30分近くの立ち話を含む)、下り40分。写真左は登山口とバイク、中央はヒカリゴケ洞穴、右は山頂の石祠と山名板


岩淵山(1528m、浅間隠山)は浅間隠山への登山道から少しばかり行った所にあるピークだが、極めてマイナーな山のようであった。浅間隠山へ向かう尾根筋の分岐で反対方向へ行こうとするが、背丈を越える笹薮で明らかな踏み跡はない。仕方なく踏み込むと薄っすらと獣道らしい踏み跡となった。両手で掻き分け100m程進むと笹薮は途切れ、緩い勾配の雪原となった。あとは一気にピークを目指し駆け上がった。山頂には2,3のテープがあるだけで山名板は見当たらなかった。往復48分。写真左は突破した笹薮、中央は山頂で後方は浅間隠山


高倉山(1320m、浅間隠山)は山腹にわらび平森林公園キャンプ場があり簡単に山頂を踏める。キャンプ場横の登山案内に従い東側の尾根筋を行くと、木段で整備された登山道となりあっという間に山頂となった。山頂には山名標柱とベンチがあり、浅間隠山の好展望が広がっていた。往復38分。写真左は岩淵山の登山口から2km近く下ったところで見かけたニホンカモシカ、中央は高倉山山頂で後方は浅間隠山

群馬の山、金山、霧積山、ハックリ山、大丸山

今日は久しぶりにバイクを積んで出掛けた。先週の一ノ字山~留夫山の縦走でその先にある金山を見落としてしまったからだ。いろいろ検討した結果、県境尾根筋近くまで入り込む林道を使うのが最短であるようだがどうもゲートがあるらしいからだ。案の定、キャンプ場先でゲートで閉ざされていた。


金山(1602m、軽井沢)は鼻曲山の南側にある県境尾根のピークである。軽井沢から浅間山方向に向かう白糸ハイランドウエイから入る長倉山支線林道を東進すると、林道は留夫山と金山のコルとなる県境尾根間近まで伸びていた。コルから県境尾根筋の踏み跡を緩やかな勾配で上がると小ピークとなる。ここで初めて鼻曲山の手前に重なるようにある金山が見えてきた。一度コルまで下げ登り返すと金山となった。山頂には表示は一切見当たらなかった。県境コルから往復40分。写真左はピーク手前から見た金山で奥が鼻曲山、中央は金山ピーク


霧積山(1108m、軽井沢)は坂本宿から霧積温泉へ向かう途中にある霧積川上流ダムの石碑近くの尾根筋に取り付こうと考えた。地形図には出ていないが長野新幹線の高架橋の先のクランクを過ぎたところに大丸山方向に向かう林道が分岐している。ちょうどその位置に薄い踏み跡が尾根筋に向かっていた。しばらくはイバラ薮が続くがそれも稜線となると無くなり、その分勾配がきつくなってくる。尾根筋には岩場の切れ込みなどもあり結構難渋するがどうにか這い上がるように登った。頭上に緩やかな尾根筋が見えるようになると突然目の前を岩壁で塞がれた。高さ5,6m位だがとても登るのは無理で、左側を遠巻きに巻き上げ最後はツツジ等の灌木を手掛かりに攀じ登り尾根筋に出た。ここからは様相は一変し緩やかな尾根歩きとなり、所々には膝丈ほどの笹原になったりもする。それよりもビビったのは熊の糞で3ヶ所で目にした。「クマさん来るなよぉー―」とブツブツ言いながら歩いたw 登りついたピークは雑木の中で視界はほとんどなく、頭を少しだけ出した三角点標柱と山名板が下がっていた。下りは往路を辿ったが、枝尾根が多くGPSとニラメッコしながらの下山となった。登り62分、下り44分。写真左は取り付き地点、中央は尾根を塞ぐ大岩で左側に巻いた、右は霧積山山頂


ハックリ山(1055m、軽井沢)は霧積山の北側に位置し、ピーク北西部にある堰堤の所から取り付いた。まず右側の堰堤を越え、沢筋を詰め源頭部近くから右岸斜面の踏み跡を追い枝尾根に乗った。尾根筋から北側コルを目指し笹薮を上がった。北側尾根筋には踏み跡が続いてはいるが、結構な痩せ尾根で登るほどに岩稜となってくる。小さな岩を右から巻くと岩稜のピークとなった。山頂にはフィーダー線のマーキングあるだけだった。往復37分。写真左は取り付いた右側の堰堤、右はハックリ山山頂


大丸山(1031m、軽井沢)はハックリ山の南西部にあるが、霧積川上流ダムの手前から分岐する林道を辿れば山頂近くまで行ける。名前の通りお椀を伏せたような形をした雑木山で僅か5分でピークとなった。登頂日を記した2つのテープが立木に巻かれているだけで他には何もない山頂だった。往復10分。写真左は林道から見た山頂方向、中央は大丸山山頂

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