2010年12月

茨城の山⑨、太郎山、井戸沢山、稲荷山、南山、愛宕山、青麻山、高館山、小舟富士

今日も茨城の山に登ってきた。


最初の太郎山は山頂に国土交通省東京航空局の設備があるため山頂まで車道が続いていた。ただし一般車の通行は禁止されており、ゲート前にクルマを置き車道を歩いた。ほどなく山頂となるが、その山頂は有刺鉄線製のフェンスで厳重に囲まれた施設に占領されている。フェンスを南に回り込むとRKさんの山名板が有刺鉄線から下がっていた。ゲートより往復15分。写真左は山頂にある国土交通省の施設、中央はRKさんの山名板


井戸沢山へは上小川地区で蛇尾川西岸に沿って走る林道仏沢線に入った。ほどなく越折沢線へ分岐すると幅員は狭くなり、次第に灌木が生い茂るようになってくる。いつもの調子で行けるとこまで行っちゃえwと、強引に走り続けると林道終点まで入り込むことができた。林道終点は山頂から西に伸びる稜線上にあり薮を分けて尾根筋に上がった。始めは灌木帯を分けて上がると直ぐにスギの植林地の尾根筋となり一登りでピークとなった。あれぇーー?在るはずの三角点と山名板が無い。どうも山頂はこの最高点から40m位南側にある三角点の位置だった。山名板も下がっているのでここを踏んで往復した。今年600座目の山は井戸沢山でした。登り11分、下り8分。写真左は山頂部で奥に見えるのが最高点のピーク、中央は取り付いた林道終点を下山時に尾根筋から撮影


稲荷山は山頂近くを広域農道アップルラインが南北に抜けている。山頂近くを抜ける稲荷山トンネルの北側入口付近からの取り付けるのではと駐車場にクルマを停めた。地形図とトンネルの現況を見ると、トンネル左側の擁壁を登り、トンネル上部から山頂尾根筋の鞍部に上がり尾根筋を辿るのがベストと判断した。早速、トンネルの擁壁を上がりトンネル上からスギ山に入ると、鞍部に向かう薄い踏み跡が続き直ぐに尾根筋となった。ここからは方向を反転し小さなピークを一つ越えると稲荷山となった。三角点標石と稲荷沢と記された白杭が在るだけの山頂だった。登り11分、下り10分。写真左は取り付いた稲荷山トンネル、中央は山頂


南山へは地形図によると四方から破線が何本も入り、北西部からは山頂近くまで林道が入っているようだ。その中で稲荷山から近い取り付き地点として栃原本田から越ノ沢に沿ってクルマを入れた。車道は細く民家の間を縫うように続くがほどなく工事中となり通行不能となった。地形図を見ながら谷間に続く破線を追うが足元がぬかるんで歩き難い。そこで早めに尾根筋に乗ろうと急斜面に取り付いた。踏み跡やテープ類は皆無だが、はっきりした尾根筋なので迷うことはなく、一気に300m余りを上げ山頂となった。小さな祠の裏手の山頂部には三角点標石と山名板が下がっていた。登り51分、下り41分。写真左は取り付いた尾根筋、中央は山頂


愛宕山は山頂近くを林道・手小谷沢線が南北に走っており県道32号線より南下した。栃原鉱山跡を通過すると、やや路面は荒れてくるが通行には問題なくほどなく切通しとなり先は下りとなる。ここで地形図を確認するとこの切通しから尾根筋を辿るのが最短ルートであるようだ。切通しから尾根筋を東に歩き小さなピークを一つ越えると山頂尾根と出合う。ここを緩やかな勾配で北進するとほどなく山頂となった。スギ林の山頂には三角点と山名板が2枚下がっていた。白杭によるとここの三角点名は清水窪らしい。登り21分、下り18分。写真は取り付いた切り通し、中央はスギ林の山頂


青麻山は熊久保地区から青麻神社4kmの案内に従い林道に入った。ほぼ真っ直ぐに青麻神社に向かう林道は右側の駐車スペースを過ぎると急に勾配を増し幅員は車幅ギリギリとなる。それでも構わず進むと眼前に鳥居が現れ駐車場となった。ありゃりゃ、何のことはない。クルマに乗ったまま山頂となってしまったのだ。青麻神社の社と三角点があり南方向への視界が開けていた。写真左は山頂にある青麻神社、中央は三角点と社


高館山は塙地区の火の見櫓の下に高館城跡と書かれた標柱を見つけてクルマを入れた。直ぐに車道は終わり、民家脇から作業道に入った。この先はまさに伐採の最中で倒木で前進は出来ない。そこで左側の尾根筋に上がり、ピークを目指すと薄い踏み跡が断続的に続き小さな祠となった。祠の裏手が山頂部で三角点と山名板が下がっていた。往復20分。写真左は火の見櫓横の高館城跡の標柱、中央は雑木林の中の山頂


小舟富士は緒川物産センターかざぐるま前の車道を入り、畑の奥から取り付いた。椎茸ほだ木が並ぶ作業道を上がると尾根筋への踏み跡があり踏み込んだ。尾根筋は南から東へとピークからは遠ざかるが、これは深い谷間を回り込むためで、しばし我慢の歩きとなる。やっと主稜線に出合うと針路は西となり、小さなピークを一つ越え急勾配を登ると小舟富士となった。三角点と山名板の下がり、雑木に囲まれた山頂からは大した視界はない。ピストンで往復した。登り25分、19分。写真左は作業道からの踏み跡、中央は小舟富士山頂、右は夕暮れの山頂シルエット

陣地(陣ノ手)

佐野市葛生地区から県道201号を北上すると作原地区となり、熊鷹山や氷室山への登山口となる西沢駐車場となる。さらに北上を続けると白ハゲ口・三滝への分岐となるが、そのまま直進し熊穴橋を渡り東に向かう。くねくねと曲がる山道はアスファルト舗装されており通行には支障ない。取り付き地点を探しながら進むが、吹き付けされた法面が続いておりなかなか適当な所が無い。陣地ピークの真西を過ぎたコーナーの位置に谷あいに続く作業道を見つけここから取り付くことにした。


午後2時15分スタートした。作業道は北東方向に続きピークは少しずつ遠ざかるが急がば回れとそのまま歩いた。それでも一向に方向は変わらず、山頂尾根北側から派生する枝尾根に取り付くことにした。足元の悪い急斜面を這い上がるとしっかりした尾根筋となり、しばしの急登ののち山頂尾根となった。ここからは尾根筋を軽いアップダウンで南下すると、直ぐに雑木林からヒノキの植林地となりの陣地山頂となった。山頂には三等三角点と陣ノ手と書かれた山名板が下がっていた。登り30分、下り26分。写真左は車道コーナーから取り付いた作業道、中央は作業道から取り付いた尾根筋、右は陣地山頂


茨城の山⑧、横根山、龍子山、石尊山、土岳、鍋足山

連日の茨城詣でとなっているが、今日は高萩市近くの山に登ってきた。そのいづれもが林道を詰めてのもので比較的簡単に山頂を踏むことができた。


横根山へは東側から延びる林道を詰めることとし、秋山地区で常磐道を潜ると砂利道となる。高萩射撃場の前を通過するとさらに路面は荒れてくるが、構わず進むと送電線を越えて直ぐにゲートとなる。ゲート前の駐車し歩きだすが、林道は廃道化しつつありとても車が通れる状態ではない。ほどなく右手に分岐する踏み跡があり、そこには福平反射板へ至ると書かれた黄色い案内標柱があった。杉の植林地の中のアオキが密生する薄暗い登山道を進むと、灌木の茂る伐採地となり上方には反射板が見えてきた。山頂は反射板の裏側に位置し三角点といくつかの山名板があった。また西側からはしっかりとした踏み跡もあり、登ってきた東側のルートに横根山の案内板が一つもなかったことからすると順路は西側なのだろう。登り16分、下り10分。写真左はスギ林の中の登山道、中央は山頂部と後ろから見た反射板


龍子山は高萩ICの東側で松岡小学校の北側にある。戦国時代には山城が築かれ、その後城が移された松岡小学校正門に通じる石畳の道の両側には武家屋敷跡が並んでいた。小学校の西側は公園となっており、その奥にたつご山への案内板が立っていた。案内に従い歩きはじめるとモウソウダケの竹林となり、古井戸跡を通過するとほどなくスギ林の中のピークとなる。山名板などは見当たらず、ぐるっと一周して戻った。往復12分。写真は左は公園越しの龍子山で道路奥が登山口、中央は山頂部


石尊山は山頂近くを車道が通っているので十王町で常磐道を潜りクルマを走らせた。アスファルトの車道はピーク手前まで続き駐車場となった。案内板には高鈴県立自然公園との表示があり、それを見ると駐車場サイドが石尊山ピークのようだ。山頂近くには海軍航空隊殉難之碑があり、その奥に監視台のような櫓が建ち、足元に三等三角点がある。これ以外に山頂を示すようなものは見当たらなかった。往復5分。写真左は駐車場からの登り口、中央は山頂部の櫓


土岳へは南側に位置する中戸川から延びる車道を進み、坂ノ上登山口から歩いた。車道を歩くと間もなくけやき平キャンプ場となり、その奥から階段状の遊歩道が始まる。ほどなく広い山頂となり、360度の絶景ポイントからは運良く富士山を望むことが出来た。往復25分。写真左は広く平坦な土岳山頂、中央は5倍ズームで捉えた富士山


鍋足山は大中宿の場里美支所(旧里見村役)奥の大中神社前を右に曲がりと鍋足山の案内標のあるので左折して林道を入る。しっかりした林道は尾根上まで続き終点となると傍らに案内標示があり、そこには現在地は大中登山口とある。ここからの登山道は良く整備されていて多くの人に歩かれているようだ。そのことが間違いでない事に気付くのにそんなに時間は要らなかった。ほどなく尾根上のとなると次第に視界は開け、最後の岩場を登ると360度の大絶景となった。登り29分、下り22分。写真左は尾根筋の岩場、中央は絶景ポイントの鍋足山山頂

茨城の山⑦、長福山、白木山、高崎山、武生山、鷹取山、西金砂山、明山、篭岩

このところ茨城の山を北から順に攻めているが、今日は奥久慈男体山近くの山を巡ってきた。冬晴れの一日、茨城の山をたっぷり堪能することが出来た。


奥久慈男体山を正面に見ながら、山腹に広がる長福地区内をくねくねと登ると長福観世音堂への案内板が出てくる。ここを登山口と設定し近くの駐車余地にクルマを置きスタートした。民家の間を抜け畑の前を過ぎると石段となり、300段近くを上がると長福観世音堂となる。お堂の右手の踏み跡に入るとスギの植林地の急登となる。ほどなく山頂尾根となり石祠のある南峰となった。ここから北へ緩やかなアップダウンの尾根筋を辿れば5,6分で長福山(北峰)となる。この山頂部には三角点、山名板は無かった。下りはピストンで戻った。登り28分、下り20分。写真左は長福観世音堂の登り口、中央は山頂尾根筋、右は長福山山頂


白木山と高崎山は小生瀬から持方集落へ向かう途中の切通しに登山口がある。まず最初に白木山へ向かうために切通しを尾根上に上がった。ほどなく急勾配となり50mほどを上げると平坦な尾根歩きとなる。進行左手に見える男体山を眺めながらのんびりと歩き、鞍部から一登りすると白木山となった。縦走路をピストンした。登り20分、下り17分。写真左は登山口となる切通しで左側が白木山、右側が高崎山、中央は尾根筋、右は白木山山頂


切通しの反対側から高崎山への登山口道標に従い、切通し分の高さを上がり尾根上に乗る。高崎山へはほぼ同じ高さのピークまで一気に上がり、軽く下ってから登り返せば山頂となる。雑木に囲まれた三角点峰からは、木立の間に登り来た白木山や男体山が見える。往路をピストンした。登り18分、下り16分。写真左は登山道途中から見た高崎山、中央は高崎山山頂


次の武生山へは上武生を抜けようと思ったが道路工事のため国道461号に迂回し武生林道に入った。クネクネ登る狭い林道は尾根上近くなると突然立派な2車線の車道となる。ほどなく武生神社の大きな鳥居となり参道を入ると神社への石段となる。立派なお社とその奥にある樹齢800年の太郎杉はあるがピークはなく、一度クルマに戻り、切通しにより分断された車道北側の山頂部を法面の吹き付け壁伝いに往復した。往復5分。写真左はコンクリート壁の上部が武生山、中央は武生神社裏の太郎杉


明山へ向かおうとナビをセットすると南へ大きく回り込むルートが案内された。そのまま進むとルート近くに鷹取山が出てきた。下調べはしていなかったがGPSで見ると車道から破線も伸びているので尾根筋近くからピンクテープに従い取り付いた。踏み跡は谷筋から斜面を斜めに続いている。途中には鷹取山→の案内があり、ほどなく尾根筋となるとちょっとばかりの急傾斜で山頂となった。山頂には三角点と山名板があるも視界はほとんどない。往復18分。写真左は取り付きでピンクリボンあり、中央は鷹取山山頂


そのまま林道を進むと今度は西金砂神社となった。確か西金砂山というのがあったと思い出し、鳥居の横の案内板に目をやると本殿横に西金砂山頂と明記されていた。早速石段を上がり、拝殿の裏手に進むともう一つ石段がありその奥に本殿が建っていた。本殿奥でしばし絶景を楽しみピストンした。往復16分。写真左は鳥居横の案内板、中央は登山口となる鳥居、右は山頂にある本殿


明山は大久保集落から登山道の案内板を取り付いた。尾根筋に上がり右に明山を捉えながら、時計回りに回り込むように急勾配を上がると明山~籠岩への縦走路途中のピークとなる。ここからは急坂を下り鞍部からの登り返しとなるが、中程でロープの下がる岩場となる。岩場の右に目をやると斜度の緩い西尾根上へのトラバース路があり躊躇せずそちらを選んだ。西尾根筋もちょっとばかり岩場ではあるが難なく山頂となった。ここからの展望は抜群で、東~北にかけて今日登り来た、武生山~高崎山~白木山、男体山、長福山と大パノラマが広がった。特に目を引いたのが武生山の北に位置する中武生山の山容だった。登り27分、下り21分。写真左は明山登山口、中央は明山山頂、右は奥久慈男体山~白木山~高崎山~武生山


次の篭岩は上山集落の奥から取り付いた。駐車場奥の踏み跡に入ると谷あいを進み、少しばかりの斜面を登ると稜線上となる。この先の小ピークまで上がるとしっかりした踏み跡となり、左手前方に篭岩を捉えながらの歩きとなる。ほどなく明山への分岐を過ぎると様相が一変することになった。突然眼前が落ち20m余りのクサリ場が現れ、トラロープでの垂直降下となった。ようやく下りると次は30m近くをトラロープを頼りに登り返す。これで終わりかと思ったらなんとクサリ場の下り上りが待っていた。やっとのことで登り付いた先は痩せ尾根となり、ゴツゴツの岩場を慎重に進むと篭岩山頂となった。三角点峰の山頂からは北側が開け奥久慈男体山の絶景ポイントとなったいた。クサリ場通過は気が重かったが戻りもピストンで下った。登り35分、下り30分。写真左はほぼ垂直のクサリ場、中央は篭岩山頂、右は登り来た尾根筋とその後方には明山

黒沢西川(彦間川)から野峰

田沼側から彦間川の源流となる黒沢西川沿いの林道を詰めて野峰に登ってきた。このルートは山仲間の野球親爺さんが下りに使ったルートを参考に計画した。黒沢地区を北上すると林道は二手に分かれ、この先はUターン出来ず一般車は進入不可のような案内板が建っている。確かに狭そうだが轍をみるとかなり車両は走っているようなので構わず進むことにした。途中では山仕事のクルマだろうか軽トラが2台停車していた。道幅はどんどん狭くなり左下には川が右には岩壁が迫り、車幅ギリギリでバックなんてとても出来ない。もうどうにもならないので一か八かUターン可能な所まで行くしかない。どうにかUターンできるところを見つけクルマの向きを変えスタートした(林道終点から150mほど手前だった)。


1時51分林道を歩きだすと、直ぐに林道終点となりスギの丸太橋がかかっている。慎重に渡り沢沿いに登ると2,3度渡渉を繰り返すと沢の分岐となる。左側の沢に沿って踏み跡が続いておりそのまま進むが、左側への尾根上に上がるための斜面の取り付きポイントが見つけられない。地図の破線の位置を過ぎても踏み跡やマークは見つけられず、破線近くで取り付きスギの急斜面を直登することにした。余りの急勾配に四つん這いとなり200m近くを必死に登った。やっとのことで尾根上となるとしっかりとした踏み跡が続き、進行左手には野峰が見えるようになるが丸岩岳からの尾根筋は遠く時間ばかりが経っていく。いくつかの小さなピークを越えやっとのことで山頂尾根筋となると、この辺りの縦走路がそうであるように見覚えのある笹道となる。あとは小さなアップダウンでどんどん大きくなる野峰を目指し、最後に急勾配を登り切ると山頂となった。風が強い分だけ空気は澄み木立の間からは冠雪した男体山や赤城山がはっきりと見える。三等三角点と文字の薄れた山名板だけの山頂に長い無用と往路をピストンした。急傾斜のスギの斜面は遠慮して、そのまま尾根筋を下りると沢の分岐のところとなるが、大岩を南に避ければ沢沿いの踏み跡に容易に着地出来た。取り付きはここが正解か。どうにか明るいうちに下山出来たが、この時期に午後から登る山ではないタフな山だった。登り77分、下り55分。写真左は狭稜の岩場もある尾根筋の急登、中央は山頂手前から見た野峰、右は山著の木立の間から見えた男体山



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