塩那道路のあるエリアには、残雪のこの時期でないと踏むことが難しい頂きが沢山ある。2週がかりで登ることが出来た飯盛山・鬼面山で気を良くし地図を眺めていたら小佐飛山が目に留まった。そこでいつもの如くネットで検索してみたら烏ケ森の住人さんが日帰りで小佐飛山から長者岳を往復した記録を見つけた。その記録を何度も読みこんだ上で、うまく条件がそろえば自分にも可能かもしれないと思えてきた。その条件とは残雪の状態と当日の天気ということになるが、雪の方については直近の10日間でこのエリアを歩いているので想定はできる。あとは決行当日の天気ということになるが、21日の連休初日は風が強く下り坂ということだったので22日の連休二日目とした。行程は烏ケ森の住人さんのものをなぞる形で設定し、夜半の3時過ぎに登山口に入り、長者岳到達のタイムリミットを12時とし、それを越えた時点で潔く撤退することを絶対条件と心に刻みこんだ。


3時過ぎに萩平の駐車場に着いたが、一台のクルマとその横に一張りのテントがあった。この中の人も小佐飛山に登るのだろうかと思いながらエンジンを止め身支度を整えた。小雪は舞うも、気温は-2℃、ほぼ無風と好条件の中、ヘッドライトと手元ライトの2つで小蛇尾川を渡渉し、作業道を辿るとアミ鋼製の橋を渡る。ほどなく右の斜面に続く登山道に分岐するが、踏み跡には雪が積もり始めていた。この山道はよく整備されていて、崩落防止の土止めやロープが張られているところもある。最初のうちは小蛇尾川の沢音が左から、そして尾根上となると大蛇尾川の沢音が右から聴こえてくる。その後のルートは勾配を避けるように九十九折りとなり、尾根を左右に行き来し沢音はステレオとなる。40分で「小蛇尾川上流←」と書かれた案内板となり左に道を分けると3~4分で尾根上の分岐となる。この分岐から尾根への取り付きがルートファインディングのポイントとなっていて、いくつもの山行記録に詳しく説明されていた。ところがだ....右へ分けたまでは良かったが、そのまま尾根を巻く作業道を進んでしまったのだ。整備された作業道は緩やかな勾配で歩きやすが、それに反して尾根はどんどん上へと遠ざかる。いつかは尾根への取り付きがあるだろうと半信半疑で歩き続けるがそれらしい分岐に来ない。この時点でも間違っているとの確信はなく、戻りながら取り付きを探すことにした。結局は尾根上の分岐まで戻り、左への分岐へも入ってみたがこれも違う。もう一度山行記録を頭の中でめくり、とにかく尾根上を強引に登ることにした。落ち葉を薄雪が隠しヘッドライトの先に踏み跡は無い。時計を見ると40分のロスだ。この時点で半ば長者岳は諦め、せめて小佐飛山まで行ければと心は折れていた。勾配もきつく、さらには降雪で靴もグリップしてくれない。それでも大きな岩のところまで来ると、やっと夜明けとなり笹の間に踏み跡も見えるようになってきた。ここでアイゼンを取り出しセットした。この後も雪は降り続き、眺めも遮られているので、ただ急傾斜との格闘に没頭することとなった。気がつくと傾斜は緩くなり広い尾根となった。ここが1050地点で長者岳へと伸びる長い尾根の南端だ。尾根上はすっぽりと雪に覆われ、所々でチシマザサとクマザサが顔を覗かせているが、気温は氷点下と低く雪上を選んで歩けば、カサッカサッというアイゼンの音が小気味良い。しばらく軽快なペースで歩くと、突然チシマザサの壁が行く手を遮った。そしてその先に四角い黒い物体が見えてきた。おっ、これが反射板だ。6時40分、登山口から3時間20分の悪戦苦闘の末の到着だ。写真左は1050地点からの緩やかな登り、右はチシマザサの先に突然現れた反射板


反射板から小佐飛山までは凡そ1kmの距離で高度差100m余りなので、足元さえしっかりしていれば楽な道のりだ。チシマザサやクマザサの類も尾根上ではそのほとんどが雪の下にあり、現れたとしても少しばかり回り込めば問題ない。反射板から40分で小丘状のピークが前方に見えてきて、小躍りしながら登りつめるとそこには見覚えのある山名板が掛けられていた。それは山部さん、栃木の山紀行さん、黒羽山の会さんのものだ。残念だけど、まだこの時点では山頂は雪雲の中にあり、ほとんど眺望は得られなかった。最悪8時を過ぎるかと覚悟していたが、まだ時計の針は7時30分で頑張っている。この分ならどうにか長者岳を踏める可能性もあると判断し、あくまでも12時のタイムリミットを自分に言い聞かせ先に進むことにした。写真左は反射板からの尾根上、中央は前方に捉えた小佐飛山の山頂部、右は見慣れた山名板


事前の情報では、この小佐飛山・長者岳間の難関ポイントは、小佐飛山からの最初の鞍部までの150mの下りとその先1409ピークまでの登り返し、さらにはほぼ中間地点に位置する痩せ尾根の通過ということだった。案の定、最初の鞍部までの下りにはシャクナゲの密生が尾根を塞ぎ、稜線を外し急斜面をアイゼンを頼りに斜行せざるを得ない場面に何度か遭遇した。やっとの思いで鞍部に達した時は、安堵感より帰路の困難さが頭を占領していた。ところがである、この日のクライマックスは何と次に控えていたのだ。チシマザサの軍団が1409ピークまでの斜面を覆い、所々に点在する雪面を辿りながら、次の藪へ突入を繰り返した。背丈を越えるチシマザサに足止めをくらう度に、帰路の小佐飛山への登り返しが脳裏をかすめ憂鬱になってくる。こうなるとやたらと時計とGPSが気になりだす。何度見たって残りの距離は縮まらず時間だけが経っていく。うーーん、疲れた。倒木に腰を下ろしザックを外す。真新しワカンが出番もなく寂しそうに見えた。藪漕ぎにワカンは無いだろうけど、どんなもんか着けてみた。ほぉー意外と歩きやすい。雪の下の倒れたチシマザサがワカンの広い底面を全体で支えてくれる。立っているチシマザサは左右に分けて足の置場を確保すれば体が入る。手前に寝ているチシマザサはワカンで全体を踏みつければ大人しくしている。コツをつかめばこっちのものだw 1409ピークを越えると緩やかな広い尾根となり、吹き溜まりで出来た波打つ造形を避けるようにワカンの跡を描いた。この辺りまで来ると北の空にも青空が覗き、右を見ると黒滝山から大佐飛山への稜線が、左を見ると高原山系から日光連山が雄大な景観となって広がる。写真左は1409ピー先のゆったりとした尾根の吹き溜まり、中央は中間部の痩せ尾根の辺り、右はやっと捉える事の出来た長者岳


進むにつれて次第に積雪は増し、その分チシマザサ、シャクナゲやツツジの灌木の類は雪の下に押しやられている。この先の大半はこんな状況で足止めをするものはほとんどなかったが、中間部からの痩せ尾根となっている数箇所では、頑固なシャクナゲが稜線を占領し、枝を払いながらの前進を余儀なくされた。時折、大きく踏み抜くと、その下には強靭なシャクナゲが恨めしそうに顔を覗かしてくる。「ちきしょーー、雪のおかげで歩けるんだよ。夏場だったら絶対に通らせないのに...」と言っているようだ。難関と思われた痩せ尾根の狭小部も何ら意識することなく通過できたようなので、今にして思えばナイフエッジ状の雪庇の張り出したところだったのだろうかと思うほど気にならなかった。右側に大佐飛山はだんだん大きくなり、その左には無名峰からの稜線が手前に突き出し、さらにその左手奥には真っ白に冠雪した男鹿岳が頭を見せている。一方左側には長者岳から南西に延びる稜線が近付いてきて、僅かに山頂部分が見えるようになってきた。そうなってくると自ずとペースは上がり、緩やかに尾根の広がる長者岳山頂となる。一面は銀世界と化し、コメツガやダケカンバの木々が颯爽と立つ山頂の佇まいは、このエリアのどの山にも勝るとも劣らない。誰も居ない真っ白なキャンパスに足跡を描く優越感に浸った瞬間だった。写真左は長者岳山頂への緩やかなアプローチ、中央は西から南西に広がる日光連山から高原山系の眺望、右は長者岳の山名板とその後方に見える大佐飛山


タイムリミットの12時は十分クリアしていたが、戻りの難所を思うとそうもゆっくりはしていられない。せめてヘッドライトを使うことなく登山口に戻りたいと山頂をあとにした。1409ピークからの下りのチシマザサの藪は下りということで難なく通過できたが、小佐飛山への最後の登りは想像通りのきついものとなった。それは気温の上昇によって踏み抜きが多くなったことと、疲れによる脚筋力の低下が原因で、立ち止まっては歩くということを繰り返しやっとのことで小佐飛山を通過した。おっ、トレースが増えている。多分、これはテント泊の方々のものだろう。自分のトレースと一つとなって続いているのでその跡を辿る。反射板を順調に過ぎ、1050地点でトレースは左の尾根に下りていた。確か自分のトレースは右だと思ったが、もしかすると左の尾根を下りれば今朝間違った作業道に続くのかもと一瞬頭をよぎった。50mほど高度を下げたところでトレースはUターンし、上に戻っているではないか。とほほほ...またもやルートミスだ。ちょっとばかりの山っ気がまたまた20分の徒労となった瞬間だった。1050地点に戻り、急勾配の尾根道を下るが、今朝の雪は消えており、薄い踏み跡が見えていた。戻りの際に確認しようと思った作業道から尾根への取り付き箇所ははっきりせず、気が付いたら作業道となり尾根上の分岐となっていた。結局のところ、このポイントはそれぞれの感覚で作業道から尾根に取り付いているのだろう。印が一つでもつけばしっかりとした踏み跡が出来るに違いない。尾根上の分岐からは足早に下り、萩平にはどうにか明るいうちに戻れた。写真左は下山途中からの小佐飛山、中央は木立の切れ間からどうにか捉える事の出来た無名峰~大佐飛山~大長山、右は大小蛇尾川に挟まれた尾根の急な下り

今回の山行に際し、烏ケ森の住人さんの記録が大いに役立ったことは言うまでもなく、大きな力を与えてくれました。この場を借りて感謝いたします。ありがとうございました。

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