神奈川の山、辺室山(653m、厚木)

宮ケ瀬湖への土山峠が登山口であるが、バイクの集団が占拠していて駐車余地がない。峠の前後にも適当な駐車余地もなく、唐沢林道から取り付くことにした。

PA040003PA040005151004辺室山
県道64号線から唐沢林道に入ると直ぐに頑強なゲートが現れた。ゲート前に駐車し林道に入るが、取り付き地点は地形図より傾斜の緩い南東尾根と決めていた。想定通り尾根筋には九十九に作業道が切られており、1時間で三角点峰となった。しかし高点はさらに南西に行ったところで行政の標柱がある。下りはショートカットで北東尾根を辿ったが傾斜はきつく上りには向いていない。往復2時間。写真左は林道からの取り付きで水源林作業用経路との表示あり、中央は山頂の様子

神奈川の山、聖峰(380m、伊勢原)、高倉山(556m、伊勢原)

聖峰の登山口近くにクルマを停めた。

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急傾斜のコンクリート道を行くと聖峰となる。この不動尊は絶景ポイントとなっており、この裏手が高点となっていた。写真左は取り付き、中央は聖峰から展望、右は聖峰不動尊

P9230070P9230071150923聖峰・高倉山
聖峰からの登り返しは急勾配の木段となった。鞍部から200m近くを上げるのだが2日連続となる13座目で両足はパンパンとなりピッチが上がらない。やっとのことで山頂尾根となると一登りで山頂となった。写真左は高取山への急登、中央は高取山山頂

神奈川の山、春岳山(949m、大山)、岳ノ台(899m、大山)、三角山(600m、秦野)、浅間山(680m、大山)、

作治小屋で連夜の酒宴をこなし、午前7時ヤビツ峠の駐車場に着くが満車状態で100m手前の駐車余地にクルマを置いた。

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ヤビツ峠を上がると大山への登山道となり、30分余りで春岳山の分岐となる。立ち入り禁止との立て看板があるが構わず行くと80mで山頂となった。峠までピストンし反対側の岳ノ塔へ向かった。東屋を過ぎると一旦下り鞍部からの登り返しとなる。カヤトの巻き道となるが面倒となり直登すると、山頂には展望台があった。表丹沢が一望され、富士山までも望めた。写真左は春岳山、中央は直登した岳ノ台、右は岳ノ台の展望台

P9230055P9230056150923ヤビツ峠
ヤビツ峠展望台近くに三角山と言う三角点峰がある。車道から藪を漕いで5分でピストン。写真左は車道からの取り付き、中央は山頂の三角点

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秦野無線中継所のゲート前から車道を行くと直ぐに蓑毛峠への尾根道となる。ここは大山参道の一角のようだ。蓑毛峠から尾根筋を少し行くと電波塔の立つ浅間山となる。写真左は取り付いたゲート、中央は蓑毛峠への標柱、右は浅間山山頂

神奈川の山、烏尾山(1136m、大山)、三ノ塔(1205m、大山)、二ノ塔(1140m、大山)、行者ヶ岳(1209m、大山)、新大日(1340m、大山)、木ノ又大日(1396m、大山)

作治小屋で思いもよらぬ酒宴となり、22時過ぎに車中で横になった。

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P9220028P9220033150922表丹沢
6時、作治小屋から中尾根に取り付いた。この辺りの登山道は軒並み木段が整備されているがここには皆無です。植林地の急登を400m余り上げると傾斜は緩み視界が開け、1時間半で烏尾山となる。ここからは二ノ塔までピストンし、その後は木ノ又大日を目指した。流石シルバーウィーク、登山者の列は途切れることなく続き、クサリ場では渋滞が起きていた。戻りは政次郎尾根を下り、8時間かけてのゆっくり周回となった。写真上左は中尾根は傾斜が緩むと軽快な笹尾根となる、上中央は烏尾山から見た新大日方向、上右は二ノ塔から見た登り来た三ノ塔、写真下左は行者ヶ岳先のクサリ場からの登り、下中央は木ノ又大日

神奈川の山、浅間台(221m、秦野)

1509210115092103150921浅間台
2か月ぶりに山に来た。震生湖の駐車場から遊歩道を歩くが、GPSの示すピークは私有地の中で立ち入りが制限されていた。日没を過ぎ辺りは暗く、高みを山頂としてクルマに戻った。写真左は登山口となった駐車場、右は山頂部

群馬の山、イラサワ山(1468m、奥多摩湖)

群馬県の中で未踏となっているのは、奥多摩湖(矢木沢ダム)と群馬新潟県境のに囲まれた山域だ。ネット上の記録はそのほとんどが残雪期のもので幕営が必須となる。そこでどうにか日帰りでピークを踏めないものと2年前から思いを巡らしていた。その中で思いついたのが、ダム湖をボートで渡り、バックウォーターから沢を詰め登頂するものだ。当初は手漕ぎボートや免許の要らない低出力ボートも考え、ゴムボートや軽量ボートで試したが、とても奥利根湖を安全に航行できるものではなかった。そこで行きついたのが、地元の民宿やぐらが送迎サービスする高速ボートのチャーターだった。前日夜9時、同行するHさんの車に同乗しみなかみ町に向かった。23時過ぎに民宿やぐらに入り、酒を流し込み眠りにつく。朝5時40分に宿を出て、6時のゲート開門を待つ。

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いよいよ矢木沢ダムから高速ボートで幽ノ沢口を目指す。僅か10分でバックウォーターとなる。6時40分、幽ノ沢入渓。緩やかな流れなので滝などは皆無で、左右に渡渉を繰り返しながら、2km弱を行くと左側からゴミ沢との出合いとなる。この出合いの直前に小さな枝沢(結果的にこの枝沢を下ることになった)があり、それを乗り越えるようにゴミ沢に入った。ゴミ沢に入ると途端に傾斜が増し渓相は一変し、流木や落石の間を登るようになる。ほぼ1000mで雪渓が現れる。雪渓と反対側の右岸に枝沢が合流していた。地形図を見るとこの枝沢の左岸稜線が山頂への最短である。勾配はきついが薮漕ぎの距離もその分短くなるとこの枝沢に入った。益々渓相は厳しくなりスラブの連続となり、3,4mのフェイスはどうにか直登した。しかし7m位のフェイスで行き詰った。最初は左岸を高巻くが蜂の襲来で撤退。最終的には右岸の雪渓を乗り越えてザレ場を攀じ登った。一番の誤算はフェルトソールの渓流シューズのまま藪山となったので、土と草のザレた急斜面ではグリップ出来ず難儀した。やっとのことで稜線に出たが、戻りでは下れないと覚悟した。しかし明瞭な稜線ではなく、左右に藪を避けながら登り続けた。斜面に沿って倒れたアスナロが主体で、シャクナゲ、ネマガリダケ等、とにかくジャングルのような混合藪だ。等高線の間隔の狭い高度差500mを藪を掻き分け4時間を費やし山頂尾根に出た。あとは薄いネマガリダケの藪をほぼ水平移動すると、午前11時40分、念願のイラサワ山のピークとなった。S.K氏の2015.5.2と書かれた赤テープだけが唯一の人工物で、残念ながらすかいさん製の山名板は確認できなかった。写真左上は幽ノ沢、中央上は7mフェイスでスタンス取れず下の滝下から右岸を高巻く、右上は土の草だけのザレ場、左下は稜線の灌木藪、中央下は南側に見える奥利根湖、右下は山頂唯一の赤テープ

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P7200067P7200075150720イラサワ山
この時点で想定した11時を大幅に過ぎているので、10分の滞在で山頂を後にした。山頂尾根から登り来たポイントがつかめず、稜線への進入で右往左往しかなりの時間と体力のロス有り。GPS軌跡の往路を追うが斜面に沿う薮に邪魔されて真っ直ぐ下へ落ちるような下りとなった。そこで方針を変更しそのまま斜面を下り、隣の沢に降りることにした。しかし沢まで来るとまだ1150mの高度があり、スノーブリッジの雪渓となっていた。とても沢に降り立っても下れる状況にはなく、高巻くようにトラバースした。どうにか1050mまで下げると、雪渓は消え、意を決して沢に降りた。5m前後のフェースをスタンスを選びながら慎重に下り、スラブでは滑り台状態となりホールで全身びしょ濡れとなりながらも幽ノ沢にどうにか復帰した。あとは残った体力を振り絞り急ぎ足で入渓地点まで戻った。予定から一時間遅れの16時5分のことだった。9時間半に及ぶ思い出深い山旅となった。迎えの高速ボートで矢木沢ダムに着くとほどなく遠雷と小粒の雨となり、瞬く間に辺りは時間100mmの豪雨となった。
写真左上は先の見えない混合藪、中央上は下降を諦めたスノーブリッジ、右上は下り来た沢、写真左下は幽ノ沢口を後にする、中央下は奥利根本流と小穂口山

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